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義父の思い出 [家族]

父のことを書いたので、今度は義父のことです。


義父は立派な実績に基づく地位を持っていたので、
最初は近寄りがたい印象でした。

でも、家に居ればただの人間で、特に義母とのやり取りは面白かったです。

いつも真面目な顔をしていましたが、これが結構お茶目なところもあり、
基本は、ユーモラスな人間だったようです。


ただ、耳が遠くて往生しました。
何か用があって話しかけても、ちっとも聞こえていません。

大きく口を開けて大きな声で言っても「何を言っているかさっぱり分からん」
と言われて、情けない思いをしました。

それなのに、私よりも声のトーンが低く小さな声の義母が何か言うと、
ちゃんと受け答えをしているのです

長年連れ添った妻の言葉は、ちゃんと聞こえたのですね。

それと、これは声の周波数にもよるようで、
よく「モスキート音」が若い人にしか聞こえないと言われますが、
それと同じ理屈で、義父には聞こえやすい声と聞こえにくい声があったようです。

何しろ、みんなでワイワイ話しているのに、
娘の方を見て「お前はうるさいな!」と言うので、娘がよくふくれていました。
「みんなで話しているのに、なんで私ばっかりうるさいって言われるのよ!」ってね。

それはたぶん、娘の声が義父に聞こえやすかったのでしょう。


義父は煙草が好きでしたが、晩年は「COPD(慢性閉塞性肺疾患)になっていたのと、
義母が喘息持ちだったので、煙草はその両面から禁止されていました。

ところが、2階の書斎から降りてくると煙草の臭いがして、
義母がよく「お父さん、煙草はダメですよ!」と怒っていました。

義父としては苦肉の策だったのか、足腰が弱ってからも散歩にはマメに出かけ、
帰ってくると、これもまた煙草の臭いをまとっていました。

でも、持ち物に煙草はありません。

後で知ったことですが、いつも行く煙草屋さんで一箱買い、
その場で1本吸って、残りは「捨ててくれ」と置いてきていたのです。

もったいないのと、体のためを思っていたのに通じていなかったことで、
それを知ったときは、義母もだいぶ悲しい思いをしたようです。


7人兄弟の一番上で、出世頭。
・・・ずいぶんとプレッシャーもあったことでしょう。

ものすごい努力家だったと義母は振り返っていました。
そして、義母を愛していました。


私の中で、夫婦の形の理想は、実の両親ではなく義父母です。

私は、実家の両親よりもこの2人が好きで、
結婚してからの方がずっと安らいだ気持ちでいられました。

もちろん、夫の存在も大きかったのですが、
言いたいことを言い合っても穏やかに和やかに暮らす二人の存在が、
一緒に居ると安らげました。

夫とも、あんな風に共に年を重ねていきたいと思います。
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